大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和53年(ワ)331号 判決

原告 秋山繁彦

右訴訟代理人弁護士 倉内節子

同 酒井幸

被告 学校法人市川学園

右代表者理事 古賀米吉

被告 古賀米吉

右両名訴訟代理人弁護士 杉山忠良

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告らは、各自原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、第一項についての仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、当事者らの地位

(一)(1) 被告学校法人市川学園(以下「被告市川学園」という)は、教育基本法及び学校教育法に従い私立学校及び私立各種学校を設置することを目的とする法人であり、この目的達成のため市川高等学校全日制課程等の学校を設置している。

(2) 被告古賀米吉は、被告市川学園の代表理事であり、前記高校の学校長でもある。

(3) 谷川忠義は、被告市川学園に雇用され、前記高校の体育指導教師である。

(二) 原告は、昭和四八年四月被告市川学園の市川高等学校全日制課程に入学し、昭和五一年三月卒業した。

2  事故の発生

(一) 原告は、昭和五〇年九月二〇日(当時右高校三年在学中)、午前一〇時三五分頃、体育の時間中、右高校第二校地において同級生Aと相撲をとっていたところ、原告が「参った、参った」と叫んでいるのに、同人が強引に後方に原告をあおむけにつき落し、ために原告は、うしろ向きのまゝ落下し、背中から頸部、右肩胛骨等の挫傷を負った(以下、この事故を本件事故という)。

(二) 原告は、右負傷のため頭痛、首痛、脱力感、目まい、けいれん発作、肩痛、腰痛等の諸症状(外傷性頭頸部症候群)により次のとおり入・通院をくりかえしている(現在は、けいれん発作はないが、頭・頸部痛、二重視、肩のしびれ痛、精神集中困難等で、けん引、超短波療法をうけている)。

(イ) 昭和五〇年九月二〇日から同月二二日真間川病院(通院)

(ロ) 同年九月二三日から医療法人社団菊田会三橋整形外科耳鼻科病院(以下三橋外科という)(通院)

(ハ) 同年一〇月一〇日から同年一一月二七日三橋外科(入院)

(ニ) 同年一二月一三日から昭和五一年二月二二日川崎製鉄健康保険組合千葉病院(以下川鉄千葉病院という)(入院)

(ホ) 昭和五一年二月二三日から現在まで右同(通院)

(ヘ) 昭和五一年七月から一五日間慈恵医大病院(入院)

(ト) 同年一一月四日から同年一二月二三日鹿教湯温泉病院(長野県小県郡丸子町所在)(入院)

(チ) その他

カイロプラクティック研究所(東京都千代田区所在)や梅原治療院(千葉市弁天町所在)などでの治療をうけている(昭和五一年四月から同年六月)。

3  被告らの法的責任

(一) 被告市川学園の責任原因

(イ) 原告と被告市川学園との間には、在学契約が成立しており、この契約の本質的内容として生徒である原告には、「生命、身体につき安全に教育をうける権利」があり、これに対応して被告市川学園には生徒の生命、身体につき「安全保持義務」が存在する。

(ロ) そして、本件体育授業に則していえば次のとおりである。

(a) 担任教師として授業内容につき適切な指示をなさしめ、整然と授業をなさしめること。

(b) 精神的にも未熟で冒険心、英雄心等に駆られて自己の技量以上の技をしがちな生徒にこれらを抑制させ適切な指導をなす教師を配する等の措置をとって監督し、かつ教師をしてこれに当らしめて、不測の事故の発生を未然に防止すること。

(ハ) ところが、被告市川学園は次に述べるとおり前記安全保持義務を履行しなかったために、本件事故が起きたものである。

(a) まず、本件事故は、体育の授業中、しかも学校敷地である第二校地内で生じた。

(b) そして本件体育授業は、担任教師(当時谷川忠義)から授業内容について何ら指示はなく、一クラス五〇人の生徒の自主的判断に委ねられた上でなされた。すなわち、体育授業開始の際の点呼(担任教師谷川忠義不在)、準備体操もなく、サッカー、相撲、ソフト・ボール、野球等、いずれも遊び程度(施設不備のため)のものを生徒各自が授業時間終了まで行い、見学しないものは、何もしないでよかった。

以上のような雑然とした雰囲気の中で原告は、前記Aと運動場に円周を描き相撲をとりはじめたのである。

(c) 事故発生の危険性

前記のとおり高校生(一六才~一八才)は肉体的、精神的に大人になりかゝっているが、いまだ判断力等において未完成なものが多く、このような血気盛んな男子が教師の規律ある教育的な配慮の下に服していない場合は、生命・身体の安全を害する抽象的危険を内包しているのは常である。本件は、まさにその危険が具体化したのである。担任教師谷川忠義の適切な指導のもとで本件相撲がとられたのであれば、原告が大声で「参った、参った」と中止を求めているのを無視して相撲が続行されることはなかったであろう。

ところが、谷川忠義は精神的にも未熟で冒険心、英雄心に駆られた自己の技量以上の技をしがちな生徒にこれを抑制させ適切な指導する等の措置をとり、生徒の生命、身体の安全を保持すべきなのに、これを怠たったものである。

(二) 被告古賀米吉の責任原因

被告古賀米吉は、右谷川忠義の使用者たる被告市川学園の経営する市川高等学校全日制課程の校長として右学校における体育授業の運営につき使用者たる被告市川学園に代って体育担任教師谷川忠義を選任監督すべき地位にあり、現実にこれらを行ってきたのであるから、谷川忠義の前記の過失による本件事故については民法七一五条二項により代理監督者としての責任を免れられない。

4、原告の蒙った損害

原告は本件事故により大学受験期の最も重要な時期を病床にふせ、高校三年生の二学期、三学期はほとんど欠席で、辛うじて卒業だけは許された。

しかし、原告は大学進学及びその後商社マン若しくはジャーナリスト(アナウンサー等)の職業へ従事する強い希望をもって本件事故当時まで健康にも恵れ、勉学に励んできた。

ところが本件事故のため高校三年時(昭和五一年二月)には大学受験すらできなかった。また翌年昭和五二年二月も頭痛、目まい等諸症状により受験ができなかった。原告は、健康に留意しながら昭和五二年四月以降予備校に通い昭和五三年二月に四、五校受験したがいずれも不合格になり、辛うじて、明治学院大学二部に合格したが、夜間では健康回復に悪影響があるので休学届を出している。

このように原告は高校卒業後三年目を迎えるが、いまだに進学もできず、頭痛、目まい、頸痛等諸症状に悩まされている。原告は仮りに大学進学ができても、大学卒業後の就職も遅れ、職種も制約されるなどのハンディを負わざるを得ない。事故発生以降の入・通院の長期化、治療費等の出費、現在も健康が回復していないこと、将来の就職の不安等諸般の事情を考慮して、慰藉料として金一〇〇〇万円が相当である。

5、よって、原告は、被告市川学園に対し安全保持義務の不履行を理由として民法四一六条二項により被告古賀に対しては民法七一五条二項により各自慰藉料として金一〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五三年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1、請求原因第1項(一)の(1)ないし(3)および(二)は認める。

2(一)  同第2項の(一)のうち、原告が体育の時間中、Aと相撲をとってうしろ向きに落下したこと、同日病院にて頸部挫傷、肩胛骨打撲等の診断を受けたことは認めるが、その余は不知。

(二) 同項の(二)のうち、(イ)(ロ)の通院、(ハ)の入院の事実は、認めるが、その余の事実は不知

3(一)  同第3項の(一)は否認する(詳細は、後記抗弁において主張するとおりである)。

(二) 同項(二)のうち、代理監督者の地位は認めるが、その余は否認する。

4、同第4項のうち、原告が被告市川学園を卒業し大学進学を希望したことは認めるが、本件事故後の情況については不知。そして金額は争う。

5、同第5項は争う。

(抗弁)

一、安全保持義務の履行―被告市川学園に対する関係

かりに、安全保持義務があったとしても、被告市川学園は、その債務を履行しており、本件事故は右債務履行との関係において、因果関係はない。すなわち、

1(1)  被告市川学園では保健体育の授業は、年間指導計画に基づいて行われており、昭和五〇年九月二〇日の体育授業(第三時限本件事故発生当時)は、体育実技で「サッカー」であった。被告市川学園においては、体育施設は完備し、右体育授業は、第二校地内のフィールドであるサッカー競技場で行われた。右当日の体育授業(高校三年六組、約五〇名の生徒)は、体育担任教師の谷川忠義が授業開始の点呼をとり、準備体操の上、右生徒をA、B、C、Dの四班に分け(一班一二、三名)、最初A、B班が試合しその間C、D班は見学し、一試合が終ればC、D班が試合しA、B班は見学、以下順次交代、ということにきめて、試合が行われた。

右の試合開始にあたって、谷川は、見学班の生徒に対して、フィールド脇の所定の位置に腰を下ろして、試合を見学するよう指示した。

(2) 試合が開始され、谷川教師の指導、監督の下にサッカーの試合が行われていた際、見学班に属していた原告は前記の教師の指示に反して勝手に、同じく見学班に属していたAに対して相撲をもちかけて同人と相撲をとり、その相撲で、Aからうしろ向きに抱えられる格好になって足をばたつかせたため、うしろ向きに落下した。しかし、原告は、すぐに立上がり、その場でとくに異常を訴えなかった。谷川教師は予定どおり右授業終了時刻まで授業を行った。

(3) 右のとおり、被告市川学園は、年間指導計画に基づいて、本件体育授業を、体操担任教師谷川の指示、監督の下に行なったものであって、原告主張のような債務不履行はない。

2  本件事故は、授業時間中、教師の目を盗んで生徒同士がふざけ合いをした結果の生徒間の事故である。

本件事故は、本件体育授業と関係のない原告自身の過失ある行動に基づき、発生したもので、いわば自招的事故であり、本件体育授業と事故発生との間に相当因果関係がない。

二  選任監督についての注意義務の履行―被告古賀に対する関係

被告古賀は、谷川忠義の選任・監督について、相当の注意義務を履行したから、民法七一五条二項に基づく責任はない。

1  谷川忠義は、国士館大学体育学部で、ラグビーを専攻して同学部を卒業し、八年余に亘る高校体育専任教師の経歴を経たうえで、被告市川学園に体育専任の教師として採用されたものであり、その技倆・人物・性格において危惧さるべき点はなく、谷川の選任について、相当の注意を尽くしている。

2  谷川は、昭和四五年から被告市川学園において体育授業を専任担当し、かつ、体育授業は、被告市川学園の保健体育科年間授業計画に基づいて行なわれ、体育授業の実施については、体育科主任教諭(本件事故当時、教師風戸宏元)がこれを統括する制度がとられている。

このような体育授業の実施状況のもとにおいては、被告古賀において、谷川忠義の監督について相当の注意を尽くしたものといえる。

(抗弁に対する認否)

抗弁一および二は、いずれも争う。

第三、証拠《省略》

理由

一、請求原因1について

請求原因1の(一)の(1)ないし(3)および(二)の事実については、当事者間に争いがない。

二、請求原因2について

1、請求原因2(一)の事実について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和五〇年九月二〇日午前一〇時四五分頃体育の授業時間中被告市川学園の第二校地(サッカー運動場)において同級生Aと相撲をとっていて、うしろ向きに落下し、原告主張のような頸部挫傷、肩胛骨打撲等の傷害を受けたことが認められる。

2、請求原因2(二)の事実のうち、(イ)(ロ)(ハ)の事実については、当事者間に争いがなくその余の事実は、《証拠省略》を総合すれば、これを認めることができる。

三、請求原因3について

1、請求原因3(一)について

(一)  私立高校における学校と生徒との法律関係をどのように解すべきかは、必ずしも簡単ではない。

教育基準法、学校教育法、私立学校法その他の法令のもとにおいて、教育目的達成のために、生徒は、授業料・入学金などの負担のもとに高校の人的・物的諸設備を利用することになるが、他方、学校も、同じく、生徒各人および全体の教育目的達成のために、生徒を教育(授業)、指導、監督などをしなければならず、少なくとも三年間は、総合的に、人格的にその教育指導に当るべきものであって、両者の関係は、現象的には複雑、多様なものがあり、総合的に考慮判断すべきであって、単に一面的、平面的に解することは妥当でなく、その意味において、これを通常、一般的な意味における契約関係と同一視して平面的に解釈することには問題があるように思われる。

原告のいう「在学契約」なる概念が窮極的に原告主張のような内容に割り切って解することができるかどうかについては若干問題がないわけでもないが、少なくとも、高校が、その教育活動の実践の分野において、生徒の安全を保持する義務(以下、安全保持義務という)を負担していることはいうまでもないから、以下、被告市川学園が右安全保持義務を尽くしたかどうか―同被告の抗弁事実が認められるかどうか―をまず検討することとする。

(二)  授業の経緯

《証拠省略》を総合すると次のように認めることができる。

(1) 年間指導計画に基づくと、二学期前半(昭和五〇年九月から同年一〇月まで)には原告を含む高校三年生に対しては、サッカーの授業をすることに定まっていたので、教師谷川忠義は、右計画に基づいて体育授業をすることとし、原告の所属する高校三年六組については第一回目のサッカーの授業の時(同年九月上旬)にクラスを四班に分け、そのうち二班で試合をし、他の二班を見学させ、一五分ないし二〇分で試合を終了し、順次班を交替させるということで、各班対抗試合の形式で授業を進めてきた。

そして、見学者(身体に故障のある者)および見学班の生徒は、サッカー場の外廻りのトラック部分ないし隣接のハンドボールコートの周辺部分において、ゲームの状態などを見ながら、腰をおろして坐るなど適宜の姿勢で見学することとし第二学期の最初の体育時間において、見学その他の所要の注意などを説示した。

もっとも、高校生でもあったので、見学者らは現実には試合を注視する者は必ずしも多くなく、相当数の者が相互に語り合いあるいは他の遊技をするなどの状態であったが谷川忠義も時として注意することがあったが、体育授業の遂行に際し差し障りのないかぎりおおむね放置していたが、特段の不祥事は起きなかった。

そして、サッカーの授業は本校舎から徒歩数分の距離にある第二校地のサッカー場でするものとされていた。また、サッカーの授業は高校一年生の時はすでになされていたのでこれを前提として高校三年生の時には特に改めてパス・シュートなどの基礎練習をしたり、ルール解説をしたりしたことはなかった。

(2) 一般に、体育の授業開始時までに、体育担任教師が、第二校地に到着しているときは、授業をはじめるにあたってはじめに点呼をとりついで準備体操をするなどがなされていたが、時として谷川教師が所要のため授業の開始時までに到着していないときには、生徒達は体育委員などが中心となりその指示のもとに各自準備体操をしたうえで自主的に班ごとに分かれサッカーなどの体操を始めていた。

(3) 本件事故当日、体育授業は、第三時限(午前一〇時三〇分から同一一時二〇分まで)に行なわれることになっており、しかも、三年六組(体育谷川教師担当)のみならず、三年一一組(体育野本教師担当)と一緒に、行なわれた。

当日(原告を含めて)生徒達は、第二校地に集合したが、谷川、野本両教師が授業開始時に到着しなかったので、結局、体育委員らが協議をし、自主的に従前の班に基づいて、サッカー試合をすることになり、試合が開始された。

(4) 見学班の生徒および見学者は、いつものとおり、グラウンドのトラック部分から隣接のハンドボールコートの周辺部分に位置したが、その大半は適宜に散在しお互いにしゃべったりサッカーボールを利用して遊んだりしており、試合を注視しているものは少なかった(このような状態は、ほとんど、いつもと異なることはなかった)。

(5) 原告は、見学班に属していたが試合開始後十数分を経て、Aと二番相撲をとったが、本件事故が惹起したのは、二番目のときである。

この二番目の相撲では、Aは、原告の張りを二度かわし、その背後から吊り上げ、足をバタバタしながら参ったをいう原告を頭から土俵(グラウンド)上に落として、本件事故を招いたのである。

(6) 谷川忠義は、本件授業開始時期には、いなかったが、少なくとも、原告が二番目の相撲をとった頃には、サッカー場に来ており(いつ来たかは、証拠上不明である)、生徒のサッカー試合を指導、監督していた。そして、原告がAから落下させられるときには、原告の声を聞き、振りむくと、丁度、原告の落下するときで、その姿を目撃した。

(7) 原告は落下したあと一瞬気を喪い、うずくまったが、間もなく、立ち上って首を左右に振り、見学者席に来たので、これを目撃していた同級生で保健委員のBが原告を気づかい、谷川教師の了解を得て、原告を保健室(医務室)に連れて行き、更に、直ちに真間川病院に連れて行き、診察を受けた。

(8) 谷川教師はそのまま体育の授業を続けグラウンドで、サッカー試合を続行した。

《証拠判断省略》

(三)  叙上認定事実をもとにおいて被告市川学園は、安全保持の義務の債務を履行したといえるか。

当裁判所は、被告市川学園は、安全保持義務の債務を履行したものであり、本件事故は、被告市川学園の安全保持義務の債務と無関係なところから生じた、いわば、原告が自ら招いた事故であると判断する。

(1) 体育授業については、年間授業計画に基づいて実施され、授業開始時に体育担任教師が不在のときには、体育委員を中心として、生徒が、自主的にかつ従前の授業内容に即して、体育授業を行なっていたものであり、本件事故当日においても、同様にサッカー授業が開始されたものであることは、前記のとおりである。

(2) そして、高校三年生(男子)は、肉体的にも、精神的にも共に、成人には至らないにしても、相当程度発達しているものであり、したがって、サッカーのように、それ自体、通常ならば格別の肉体的危険を生ずるおそれのない体育課目については、その授業において、常に体育担当教師がいなければ、これをすることができないものと解する必要はなく、その授業目的に反することのないかぎり、生徒の自主的判断のもとに授業を開始させたからといって、安全保持義務の債務を尽くさなかったということはできない(この点に関連する原告の主張は採用しがたい)。

(3) また、高校三年生ともなれば、義務教育を終えて、二年以上も更に高等教育を受けているものであり(同年輩の者が実社会において大人と伍して、対等の仕事をしているものが相当数いることを考えるべきである)、担当体育教師の指示、監督を受けなくても、その体育授業を受けるべき態度、本件に即していえば、サッカーの授業の態様、試合参加の方式、見学すべき時期、位置、とるべき態度など、どのようになし、またどのようになすべからざるかを十分知悉しているものというべく、あえて具体的な指示、命令を受ける必要はないものというべきであり(とくに、被告市川学園においては高校一年生の時サッカー授業を受けていたのであり、かつ、サッカー授業の当初において見学者の注意義務について担任の谷川教師から指示、説明を受けていたのみならず、ときには注意さえ与えられていた)、この意味において、幼児、児童あるいは中学生に対するような、一々、具体的、個別的な指示、監督を受けなければならないものではなく、とくに、サッカーなどの授業を見学するさいにおいて、特段の事情のないかぎり直接指示、監督を受けなければ、自らを律することができない性質のものではないことは、明らかであり、まず生徒の自主的規律に任せることは、むしろ、当然に許容されているものである。

(4) 右のような体育授業内容、見学者のとるべき態度などを考慮すれば、当初生徒の自主的な管理のもとに、体育授業を開始させても、学校―および担任教師である谷川忠義―は、安全保持義務を履行しているものと認めるのが相当である。

(5) そして、本件事故は、授業の内容たるサッカーの試合とは直接関係なく、原告がサッカーの試合を見学すべき場合に―どのように見学すべきかは高校三年生であった原告としては十分知悉していたはずである―生徒に委ねられていた自主的な規律に反し、その限度を超えて、本来見学者としてすべきサッカー試合を見学することなくこれに反して、自ら積極的に相撲に二度も興じたために招いたものであり、しかも相撲も通常ならば生じなく、したがって、そのような危険もないからそれ自体危険なものとして制止さるべきでない性質のものであるところ、相手方から危険な態様において落下され倒れたために生じたものなのである。

(6) このような例外的な事情というか、偶然的事情が招いた本件事故については、被告市川学園のなすべき安全保持義務の履行範囲外というべきものであり、したがって、谷川忠義に対し、この点について原告らに改めて注意しなかったからといって、注意義務違背があるものということはいえない(この点と関連する原告の主張も認めがたい)。

2、請求原因3(二)について

請求原因3(一)についての判断したところから明らかなとおり、体育担任教師たる谷川忠義についても民法七〇九条所定の故意、過失を認めることはできない。

3、以上のとおりであるから原告の本訴請求は、その余の点について判断を進めるまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(以上は、当裁判所の法的判断であるが、原告が、被告市川学園の授業時間内の事故により現在なお苦慮していることは事実であるから、教育的見地または倫理的見地から、同被告の名のために、なんらかの配慮が加えられることを切望する。)

(裁判官 奈良次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例